ゆかりのまち氷見 町に広がる藤子不二雄Aまんがワールドと、氷見魚市場食堂の氷見浜丼

 

 

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2026年のGWは久々に出かけずに家にいたので、GW明けの週末に富山まで小旅行をすることにした。

本当は雨晴海岸から見る立山連峰を撮りたかったのだが、北陸の天気はやはり難しく、晴天であっても立山連峰が見えることはなかった。

それならば近くある氷見の街を見学しようと思い、車を走らせて行くことにした。

氷見市は藤子不二雄Aである安孫子素雄氏の生誕の地として有名で、街中に散りばめられた作品のキャラクターたちを是非見てみたいと思っていたのだ。

 

 

 

 

 

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藤子不二雄A先生の生家である光禅寺を訪問

忍者ハットリくん巨大壁画

氷見に来るとまず目に飛び込んでくるのは、忍者ハットリくんの巨大壁画だ。

壁画というよりはポスター寄りな解像度のものだが、とにかくその大きさには圧倒される。

 

 

安孫子素雄氏の生家 光禅寺

まずは藤子不二雄A先生の生家である光禅寺へ。

豪壮な構えの門よりも先に目を引くのは、先生の代表作となったキャラクター4体の石像である。

光禅寺は氷見市が整備を進める「藤子不二雄Aまんがワールド」の観光施設のひとつで、境内に建てられた石像はその象徴となっている。

 

 

光禅寺境内にある石像

藤子不二雄A先生の墓所も光禅寺内に建てられており、少年時代に大きな影響を与えてくださった先生に手を合わせることが出来た。

先日の大地震の影響か本堂は修復中で、墓地内もずれたり倒れたりした墓石が多く見られた。

大変痛ましい光景を目の当たりにして、一刻も早い北陸の復興を願わずにはいられなかった。

 

 

氷見市藤子不二雄Aまんがワールドを巡る

街の至る所に散りばめられたキャラクターたち

氷見市が推進する「藤子不二雄Aまんがワールド」は、藤子不二雄A先生にゆかりのある比美町などJR氷見駅の周辺で展開されている。

発信拠点である潮風ギャラリーでの展示物や、怪物くんストリートなど町内各所に点在するキャラクター達の展示が見どころとなっている。

歩きでも半日かからず見て周れるし、氷見駅〜ひみ番屋街の周遊バスも利用できる。

 

 

プロゴルファー猿ポケットパーク

 

 

喪黒福造のスマイルベンチ

 

 

黒ベエのシャドウサプライズ

 

 

怪物くんストリート

 

 

まんがロード

 

 

潮風ギャラリー

街全体を歩き回って最後に訪れた潮風ギャラリーで氷見限定のグッズを購入した。

この潮風ギャラリーには多くの複製原画や再現されたトキワ荘14号室の展示もあり、藤子不二雄Aグッズも多数そろえているので見学の締めくくりにちょうどよかった。

氷見の街全体を使った大規模なギャラリーという珍しい展示だった「藤子不二雄Aまんがワールド」。

静かな街の中にゆっくりと佇むキャラクター達は、少年の頃に目を輝かせてめくっていたページの中のままの姿で出迎えてくれた。

懐かしい再会のような心地よい気分で過ごせた一日だった。

 

 

 

 

氷見魚市場食堂で氷見浜丼を食べる

氷見魚市場

氷見といえばやはり新鮮な魚介類ということで、氷見魚市場内に店を構える「氷見魚市場食堂」へやってきた。

朝から絶えること無く行列が出来ているようで、さすが人気の食堂と言ったところである。

食堂のある2階に登り受付を済ませると、活気のある市場内を眺めながら順番を待つことにした。

 

 

氷見浜丼

さほどの時間もかからずに、たっぷりの魚介がのった氷見浜丼のやわやわ盛り(並盛)が着丼する。

とれたての魚介を使用した海鮮丼の具材は日によって変わるとのこと。

今回は炙った鰆が素晴らしく、好物の鮃も載っていたので、自分としては当たりの日だったのではないだろうか。

とはいえ、ここは何を食べても美味しいのは間違いないので、次は冬に寒ブリを食べに来たいものだ。

 

 

あら汁

名物のあら汁も非常に美味しかった。

自分のには目玉が入っていて、食べたことがなかったので一瞬躊躇したものの、食べてみると滑らかな食感でとても美味だった。

これだけのものがお値打ちで食べれるとあって非常に混んでいるが、受付をしておけばwebで順番を確認できるシステムなので、せっかく氷見に来たなら一度は食べておきたい食堂である。

 

 

 

 

 

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ひょっこり友情出演していたドラえもん

氷見で藤子不二雄A氏の作品を巡ったこの日は、以前の藤子・F・不二雄氏の故郷でもある高岡に行った時を思い出す1日になった。

やはり自分の年代だと藤子不二雄のお二人の作品は、子供の頃の生活の一部と言っても過言ではないほど身近なものだったから。

高岡、氷見とお二人の出身地を訪れた富山の旅は、まちの一部として作品が生き続けていることを感じたものとなったのであった。