ここ数年、どうしても撮りたい景色があって追いかけている場所がある。
長野県の松本市や塩尻市を眼下に見下ろす鉢伏山は、あの高ボッチ山と肩を並べて連なる筑摩山系の山である。
レンゲツツジが群生する山として知られ、なだらかな斜面一面に咲き誇る様は、まさに天空の楽園と言っても過言ではないだろう。
という話を聞いて、数年前から現地へ足を運んでいたのだ。
だが、6月のわずかな期間しか咲かないというのと、梅雨時なので空模様も思うようにいかないのもあって、なかなかその風景に出会うことは出来ないでいた。
今年も頃合いを見て一度は鉢伏山を訪れたのだが、ほとんど蕾の状態で開花まであと一週間はかかりそうだった。
それならばと一週間の時間を開けて、今回再び鉢伏山を訪れたのだった。
鉢伏山に現れた花の登山道
鉢伏山荘の手前からレンゲツツジの群生地が広がる
実は鉢伏山の頂上直下にある鉢伏山荘までは車で行くことができる。
目指す鉢伏山荘は高ボッチ高原のその先にあり、夜が明け始めた頃を見計い車を走らせていく。
その道中で、明らかに先週とは違う風景が広がっていることに気がついて、高まる期待に興奮を禁じ得ずにいた。
鉢伏山荘に車を停め山頂を目指す
鉢伏山荘の駐車場をお借りしたので小屋番の方に挨拶にいくと、やはりレンゲツツジの話で盛り上がることになった。
「今年はすごい」
小屋番の方が朝方に一廻りしてきたところ、今年は特に素晴らしい咲き具合となっているようだ。
頂上にある鉢伏神社までは小屋から1時間もかからない、のんびりと早朝の小登山を楽しむことにしよう。
頂上までの道のりがレンゲツツジの群生地となっている
6月のわずかな間だけ現れる花の登山道。
来るのが早いと蕾だし、遅いと萎れてしまうし、梅雨時期なので天気もなかなか思うようにいかない。
先週は全て蕾で後一歩だったので、もう今日しかないと思い再訪したのだ。
道中はずっとレンゲツツジの香りに包まれていた
未明まで雨が降っていたおかげか、花弁もみずみずしくて美しい。
歩いている道中は花の香りに満ちていて、登山道と言うことを忘れてしまうほどだ。
他所の名高いレンゲツツジの群生地にも負けず劣らずの咲きっぷりに、歩く足を思わず止めてしまうのもしばしばである。
鉢伏神社の天空の鳥居
天空にかまえる鉢伏神社の鳥居
レンゲツツジに包まれた登山道を登り切ると、そこには遥か眼下の街並みを一望する天空の鳥居がある。
先週までは蕾だった頂上付近のレンゲツツジも見事に開花しており、そこにはまさに自分が見たかった風景が広がっていた。
しばし、その絶景に見入ってしまう。
頂上からは松本市や塩尻市を一望できる
鉢伏山からは安曇野、松本、塩尻までが隅々まで見下ろせ、目の前には北アルプスの山々が広がる。
山頂付近は強風が吹き付けるため木々もその影響を受けており、冬になると一面は雪に覆われるという過酷な環境である。
数年前に聞いた話だと、冬に豪雪だとレンゲツツジが雪に埋まり強風から守られて当たり年になるとの事だ。
あまり観光地化はされていないせいか静かな雰囲気を楽しめる
この日は日曜日で手前の高ボッチ高原はたくさんの人で賑わっていたものの、レンゲツツジの大当たり年を迎えているこの鉢伏山に来る人はそれほど多くないようだ。
私がいた時は、数台の車と数組の登山者がこの鉢伏山を訪れていただけだった。
高ボッチと美ヶ原という有名観光地に挟まれていながら、鉢伏山の何とも影の薄いことだろうか・・・!
正面には北アルプスの山容が広がる
牛伏川の水源となっている鉢伏山だけに、この鉢伏神社では鉢伏大権現という水の神様を祀っているようだ。
かつては別の鳥居が立っていたと思われる台石の痕跡があり、もしかしたら頂上を吹き付ける強風で倒れてしまったのかもしれない。
天空の鳥居という名所は他所のほうが有名になっているが、私にとってはこちらのほうが「天空の鳥居」という印象が強い。
まあどちらが本家だの元祖だのはない事なので、他の所もいつか行ってみたいものである。
前鉢伏山のレンゲツツジの向こうに美ヶ原高原を望む
この日は鉢伏山荘と頂上の往復を3回ほど繰り返して過ごし、最後は北側にある前鉢伏山も散策することにした。
前鉢伏山のレンゲツツジは株の密度が高く、また違った景色を見ることができるのでおすすめしたい。
午後になったところで雲が上空を覆ってきてしまい、午前の晴れ間は梅雨のほんの僅かな気まぐれだったようだ。
しかし、そのおかげで数年も追いかけていた景色を見ることができて、まさに感無量の気持ちでレンゲツツジが咲き誇る鉢伏山を後にしたのだった。
五千石茶屋の山賊焼
塩尻市の中心地にある五千石茶屋は地元で人気の店
塩尻市発祥の食べ物といえば、やはり山賊焼である。
名前のルーツは諸説あるようだが、山賊焼は今や塩尻市はおろか長野県を代表するグルメになっていると言えるだろう。
提供する店の中は数あれど、今回はひときわ評判の良い「五千石茶屋」へ行くことにした。
完全に居酒屋の外観からも想像できる通り、地元の方々が客層の中心であるのは間違いない。
私は少し躊躇しながらも、ちょっとしたアウェー感もまた旅の醍醐味というやつだと思い、店の暖簾をくぐったのだった。
一品料理の山賊焼にご飯と味噌汁を付けて定食にできる
と、緊張したのも完全に杞憂で、中に入るとお店の方は皆さん親切でとても居心地が良いお店だった。
お水はジョッキで足りるかとか、何処から来たのかとか、色々と気にかけて頂いて、着席して間もなく馴染みの店の様な感覚になってしまったのだ。
この時注文したのはもちろん山賊焼。
ここでは全ての一品料理を追加料金で定食にすることができるので、お酒抜きの食事目的で訪問しても全く問題はないそうだ。
さて、山賊焼はパリパリというよりはしっとりサクッとした食感で、噛むと溢れてくる鶏の肉汁がたまらなくうまい。
大きさも手頃で食べやすい量だったのもあり、あっという間に平らげてしまったのが名残惜しい。
「また来ます」と普段はあえて言わないような去り際の台詞まで言わせてしまう、そんな良いお店であった。
鉢伏山のレンゲツツジは例年6月中旬~下旬が見頃となる
久しぶりに体の芯が震えるような喜びを感じた一日になったと思う。
自分が撮りたい写真のジャンルはカメラの腕なんかほとんど必要なく、その時にその場所にいればスマホでも十分だと思っている。
しかし、同じ楽しみを持つ誰もが思っているように、その時にその場所にいるという事がとてつもなく難しいのだ。
でも今回は「ああ、この日にここに来て本当に良かった」と感じられた嬉しい一日になったのだと全身で感じることができた。
鉢伏山のレンゲツツジの見頃は例年6月中旬~下旬にかけて、標高が高いので頂上付近は下より少し遅めになっている。
高ボッチまでは東山ルートと崖の湯ルートがあるが、ナビがどう案内しようが絶対に東山ルートを通ることをおすすめしておく。
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